九州ぶらり旅 有田焼続編 有田ポーセリンパーク

今回の有田訪問では、さぞかし外国人観光客が多いだろうなと思っていたんですが、以外にも中国人の姿が少ない。

そして、韓国からの旅行者はほとんど見かけない。 夏休み明けという事と、今の政治での関係悪化で、日本を訪問する韓国人旅行者が3割もへっているんだそうです。陶芸と言う面では、中国、韓国からの恩恵が多いのに、もっと仲良く出来んのかなと思います。

特に有田焼の中心地である、山内地区はほとんどいない。陶芸と言うものをゆっくり勉強したい私にとっては好都合なんですけど。

有田焼について書こうと思ったら、話題は尽きないのですが、今日は、



有田ポーセリンパーク ツブウィンガー宮殿


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このポーセリンパークの宮殿の建物を見たらビックリしますよ。 なんでこんな建物が、そして、観光バスが沢山。

ドイツ・ドレスデンの「ツブウィンガー宮殿」を再現したものだそうです。

このどでかい建物の右側にはギャラリーがあって、幕末から明治期にかけての輸出作品が展示されています。

1870年代に開催された「ウィーン万博」で展示されたと言う180cm以上の伊万里様式の花瓶などが見れます。

入場料500円が要ります。

このパークを運営する宗政酒造のお酒は、有田の名物グルメにリストされており、

果実のような爽やかな香りと、優しい甘みの中に爽やかな酸味と旨味がバランス良く広がります。

ここは長崎・佐賀の外国人の観光ルートに組み込まれているようで、沢山の中国人と思える人たちが、写真を撮ったり、食事をしたり、陶芸の体験などをやってます。多分、ハウステンボスを訪問して、バスで有田の方へ移動してくるのでしょう。

余りにもすごい宮殿で、それに驚かされた分、展示の方はもう一つで、この建物の半分にしか展示がなく、半分は使われていないそうです。最初に驚かされた分、その反動か落胆も大きいです。行くとしたら、宮殿とその庭園を見るつもりで行けば良いと思います。

有田駅からタクシーで1000円位のところにあります。

展示品も素晴らしいもので、私の背丈以上の作品も沢山あります。

古伊万里の赤絵の作品や染め付けのものもあります。

これらの作品が輸出され、貴族がステータスシンボルをして収拾したと言うのは分かるような気がします。

写真撮影は禁止ですが、ギャラリーには私だけしかいなかったので、写真を撮りまくって来ました。



有田パーセリンパークビデオ


有田ポーセリンパークのビデオです。

質は悪いですが、参考に。 限定公開です。



九州ぶらり旅 有田 続編 有田焼の様式と有田 三右衛門

引き続き有田のぶらり旅。

400年もの長い歴史のなかで完成された有田焼は、一般的に「古伊万里」「柿右衛門」「鍋島藩窯」の三様式に分けられます。

「柿右衛門」様式は、乳白色の「濁手」釉と赤絵の美しい華麗な磁器で、輸出初期の花形として海外で高く評価されました。

「鍋島」様式は、鍋島藩の御用窯で焼かれた精緻で格調高い磁器で、幕府や諸大名、朝廷に献上されました。

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「古伊万里」様式は、柿右衛門・鍋島系を除く幕末以前の有田焼すべてを含んでいます。旺盛な時代感覚とバイタリティが赴くままの多様な絵付けが特長で、江戸期有田陶工の創造性が息づき、時代とともに美しく変貌する「古伊万里」ならではの魅力的な表情を秘めています。



古伊万里様式


肥前有田で江戸時代に生産された、濃い染付(そめつけ)と金襴手(きんらんで)と呼ばれる赤や金の絵の具を贅沢に使った様式のことです。当時、これらの磁器は有田に隣接する伊万里の港から船積みされたことよりこの名が付けられています。

染付とは、素地の上に呉須と呼ばれる青色顔料で文様を描き、その上に透明の釉薬を施して焼き上げた、白地に青一色の絵付けのことです

金襴手とは、色絵の磁器の上に金泥や金粉をあしらった金彩を施し、絢爛豪華に模様を描いたもののことです。



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柿右衛門様式


濁手(にごしで)とよばれる、透明感と暖かみのある乳白色のバックに余白を十分に残し、極めて繊細な黒い線と色鮮やかな赤・緑・黄・青で大和絵的な花鳥風月を左右非対称的で描写的に描いた様式のことです。図柄には「岩梅に鳥」「もみじに鹿」「竹に虎」「粟に鶉」などの典型的なパターンも特徴的です。

柿右衛門様式の色絵磁器は輸出用色絵磁器として飛躍的に発展し、数多くの作品がヨーロッパに渡り、ドイツのマイセン窯などでは、この模倣品もたくさん作られていました。同時に、磁器発祥の地とも言われている中国の「景徳鎮窯」にも多大な影響を与え、同様の作品が作られ、これらもヨーロッパのほうへ輸出されていました。

後期には、この4色に紫や金も加わるようになります。器の口縁に「口銹(くちさび)」と呼ばれる銹釉が施されている作品も多く見られます。


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柿右衛門窯

有田で共通ですが、格式の高いところはほとんどが、写真撮影は禁止になってます。右の柿右衛門の作品は入り口のところにあったもので、この写真一枚しかありません。でも、写真では、作品の本当の良さは分かりません。15代柿右衛門の繊細なあの線などは表現のしようがありません。

何かの機会に是非、本物を見て下さい。


鍋島藩窯様式


青みがかった地肌やくし高台、裏文様に特徴があります。

その技法は、染付と赤・青・緑の三色を基調とした「色鍋島」、藍色で精緻に描かれた「藍鍋島」、自然の青翠色の「鍋島青磁」があります。



有田の三右衛門


有田には、三右衛門と言う窯があり、それぞれ、違った様式で現在でもその技法が受け継がれています。柿右衛門は現在15代、今泉今右衛門が鍋島藩窯様式、そして、源右衛門窯は、古伊万里様式です。以下の紹介記事を引用してますので、参考にしてください。

この三様式と三右衛門の知識があれば、あなたも有田通でしょう。それぞれ、柿右衛門窯・古陶磁参考館、今右衛門窯・今右衛門古陶磁美術館、そして、源右衛門・古伊万里資料館があります。是非とも訪問したいサイトです。

柿右衛門が380年、源右衛門、260年、今右衛門 360年の歴史があります。



有田の三右衛門とは、日本で初の赤絵の技法を用いた柿右衛門様式を開発して一世を風靡した酒井田柿右衛門、また、今もなお、色鍋島の品格を固守している今泉今右衛門、そして、絵付けの柄をインテリアやアクセサリーにまで展開させた源右衛門の三つの窯元のことをいいます。

そして、柿右衛門窯は、柿右衛門様式を現代に伝える由緒ある窯元で、素地の余白を活かした明るく繊細で絵画的な構図を特徴とする色絵磁器は、華麗にして華美であることから、日本はもとより、世界中の人々を魅了し続けています。

また、今右衛門窯は、江戸時代、鍋島藩御用達の赤絵付師として活躍し、その色鍋島の技法が、国の重要文化財に指定されているなど、現在もその技法と伝統を守り続けている今右衛門窯は、格調高い有田焼の陶磁器を産み出しています。

さらに、源右衛門窯では、古伊万里洋式に、独自の現代的なアレンジを施した作風で知られていて、洗練された優美な文様が幅広い層に人気となっています。

このような歴史と品格を兼ね備えた風情ある窯元では、幾多の時代の推移があっても、本物の機能美を追求する姿勢は、今までも、これから先も、脈々と受け継がれていくことでしょう。


 源右衛門窯のホームページはこちらから 
今右衛門窯 ホームページはこちらから
IMG_3796.JPGIMG_3797.JPG左、今右衛門 赤絵、右、今右衛門 墨吹き(写真では、良さが伝わりませんね。この墨吹きの作品は素晴らし。 伝統にとらわれす、新たな領域も開拓しているその姿勢は感動ものです。)

ではでは。

陶芸の郷 ぶらり旅 有田 陶山神社、香蘭社

今日も有田のぶらり旅です。

作品の解説などはなしで、観光スポットの紹介させて下さい。

美術館などを訪問すると、やはり古伊万里が多いですね。 正直、個人的には余り古伊万里は余り好きではありません。 やはり、多くの磁器が海外向けに作られていて、九谷焼のような、少しけばけばしいものが多いからです。 

ところで古い九谷焼は、有田で作られたものが多いとの事で、有田で作られ、九谷に運ばれ、九谷焼として販売されたようです。有田の磁器の様式には、古九谷と言うものがあり、これは九谷の模倣ではなく、有田で作られた九谷様式を指すものだと言う事です。

有田で磁器の製造が始まり、江戸の幕末頃には、日本全国で磁器つくりが広まったそうです。

そして、あのマイセンさえも模倣品を作ってますので、当然でしょうけど。



有田の陶祖 李参平と陶山神社(すえやまじんじゃ)

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肥前磁器の焼造は17世紀初期の1610年代から始まった。豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、肥前の領主であった鍋島直茂に同行してきた陶工たちの一人の李参平は1616年(元和2年)に有田東部の泉山で白磁鉱を発見。

近くの上白川に天狗谷窯を開き日本初の白磁を焼いたとされ、有田焼の祖である。

李参平は日本名を「金ヶ江三兵衛(かながえさんべえ)」と称し、有田町龍泉寺の過去帳などにも記載されている実在の人物。

有田町の陶山神社(すえやまじんじゃ)では李参平を「陶祖」として尊重し祭神としてます。

境内の大鳥居、狛犬、欄干などの多くが、磁器で出来ています。

この神社には有田焼創業300周年を記念して建てられた李参平の碑もあります。

有田美術館から、10分程度のところで、階段を上るとJR佐世保本線の単線の線路の踏切、一両編成の普通電車が踏切の警笛がなるなか通り過ぎて行きます。なんでも、日本では珍しい境内の中を列車が走る神社だそうです。/p>

少し急こう配の階段を上って行き本殿に着いて振り返れば、窯場や、有田の町屋が一望できます。



香蘭社古陶磁陳列館


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有田焼で有名な窯元の一つの香蘭社の陳列館で、宮内庁御用達用品をはじめとする古陶磁器や歴史資料を集めたギャラリー。


香蘭社は世界各国の万博で数多くの賞を受賞した製品などが見れます。上の写真は、香蘭社の創業者の家で、今でも使われているそうです。


香蘭社の創業は、今からおよそ三百年前、江戸文化が華麗に花開いた元禄の頃、初代深川栄左衛門が肥前有田で 『香蘭社』の前身となる磁器の製造を始めました。

そして日本に近代化をもたらした明治維新の激動期、有田焼は佐賀鍋島藩の一切の保護と支援を失いました。その再興に指導的役割を果たしたのが、八代深川栄左衛門でした。強い自立の精神が、当時の選りすぐりの陶工や絵付師、それに陶商達を一つにまとめ結社を作りました。これが『香蘭社』。

時に明治八年。その後、相次いで世界各国で行われた万国博で数々の名誉金牌を受賞。 海外でもその評価を高めるとともに、明治二十九年には宮内省御用達の栄にも浴し今日に及んでいます。

『香蘭社』の製品は、有田磁器独特の白く硬い透明な生地の上に、 優雅な染付と華麗な赤絵を配した典雅な文様、十八世紀フランスのセーブルを中心に、ヨーロッパで愛好された 金銀彩のルリ釉もの、さらに目にやさしく心がなごむグリーンシリーズ製品など多彩を極めています。

『香蘭社』の製品は、すべて伝統を誇る有田色絵磁器の多様な文様を集大成し、 有田の伝統様式を一歩前進させたとして評価され、世に「香蘭社スタイル」とも「香蘭社調」とも呼ばれ、 広く親しまれています。


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宮内庁御用品をはじめとする、香蘭社の歴史に残る古陶磁を集めたギャラリー。万国博をはじめ、世界各国で数多くの名誉金牌を受賞した、日本の伝統文化"有田焼"の名窯 「香蘭社調」


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香蘭社の現代の作品は、香蘭社のホームページを見て頂ければ良く分かります。「香蘭社調」の少し派手な商品が掲載されてます。写真などもプロがベストの状態で撮ってますので、きっと好きなものが見つかるでしょう。 香蘭社ホームページはここをクリック

有田の案内も簡単に詳しく載ってます。(事前に読んでいたら、もっとましな観光が出来たかな? でも無理だな。大体、香蘭社の名前も知らなっかたし)  あなたは、ラッキー。 このブログのシリーズが終わった頃は、肥前についての知識で頭が一杯でしょう。 そして、是非行ってみたいなと思う事でしょう。

九州 陶芸 ぶらり旅 有田のやきものと歴史

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九州には、沢山の陶芸の産地があります。佐賀、長崎の伊万里焼。 その他にも、唐津や、宮崎の白石焼。

伊万里焼は、有田焼、波佐見焼、鍋島焼、伊万里焼を全てを含む、総称だったようです。 この地域で生産される、陶磁器が、主に伊万里港から積み出しされていて、消費地では、伊万里焼きと呼ばれていたそうです。

もちろん現代では違いますけどね。

波佐見焼は、私の枚方にとっても近いんですす。 それは、くらわんか茶碗がこの地で作られていたからです。淀川に行きかう船に、食べ物を販売するのに使われたお皿や茶碗がここで作られていたそうです。

明治以降、交通手段の発達で、有田周辺のものが有田焼、伊万里で作られたものが伊万里焼きと言われているそうです。 だから、古伊万里は、有田、伊万里などを指し、現在は産地ごとに、有田、波佐見、伊万里と呼ばれ、伊万里は、献上品として作られた鍋島焼と、それ以外の伊万里焼は厳密に区別されているようです。 少なくとも窯元では。 ”この伊万里いいですね”と言うと””鍋島”ですと、返事が返ってきます。 そこに、鍋島焼と言う歴史とプライドみたいなものが感じられます。

海外では、有田よりも、"IMARI"と今でも呼ばれるそうです。



有田焼の歴史(有田町観光ガイドより)


皆さんはご存じだと思いますが、有田焼は、17世紀初頭、朝鮮人陶工李参平達によって、磁器の原料となる陶石が発見され、日本で初めて磁器が焼かれたました。 発見された場所は泉山(いずみやま)と言うところで、流紋岩と言う、茶褐色だそうですが、これが、温泉効果で白色に変わったもので、今は、閉山され史跡になってます。そして、現代にいたるまで、約400年の間、食器や美術工芸品を中心としたものずくリが続いてます。

この頃は素地が厚く、染付だけだったそうです

そして、あの有名な有田の色絵は、1640年頃に初代境田柿右衛門が上絵に成功して、色絵が登場します。

1650年代にはオランダの東インド会社によって、有田焼が東南アジアや、ヨーロッパの国々に輸出されます。

ヨーロッパの王侯貴族の間では、磁器を持つことがステータスシンボルになっていたそうです。

そして1670年代から90年にかけて「柿右衛門様式」が流行。

柿右衛門様式は、濁手(にごしで)と呼ばれる乳白色の素地に、余白を残した絵画的な色絵を施すのが特徴だそうです。

この技法はドイツのマイセンなどでも模倣されたそうです。

そして、17世紀後半、有田にあった鍋島藩窯が、伊万里市の大川内山に移転され、「鍋島」と言う献上、贈答用品が厳格な藩の管理の元、鍋島焼としてやかれたそうです。

江戸 元禄期には「金襴手様式」現れます。

明治時代になると、廃藩置県となり、藩の代官所による、陶業の許可制がなくなり、製造が自由になりあす。

こうして、現地で聞いてきたことや、収集して来たパンフレットなどを整理していくと、更に勉強になります。



有田陶芸美術館


有田には沢山の美術館があります。 その内のいくつかを紹介しましょう。

最初に訪問した、有田陶芸美術館。なんと入場料は100円、私がその日の最初の客だったらしいです。

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静止画で撮ったものはあまりなくて、展示作品の一部で、古伊万里の壺、そして、佐賀県の重要文化財の「染付有田山職人尽くし絵図大皿」など、磁器創業期から、近代までの有田焼が展示されてます。

この美術館は明治7年に建てられた焼き物倉庫を改装されたもので、有田内山重要伝統的建造物の一つに指定してあるそうですよ。

職人尽くしの大皿は、大昔の磁器作りのプロセス全てを染付されてます。粘土の破砕から、水簸、練り、毛轆轤、窯焼きなど、興味深いもので、今回の旅で、数個見ました。

兎に角、時間が無くて駆け足状態ですので、ゆっくり説明を読む時間はありませんでした。でも、展示品を見て行くにつれ、有田の歴史や、朝鮮から連れてこられた陶工たちの苦労などがおぼろげに分かるような気がします。


陶芸ラバーの方は、機会があれば、是非訪問したいところです。

5月のゴールデンウェークには、100万以上の人がこの地を訪れるそうです。



九州 陶芸ぶらり旅  有田編 

いよいよ有田へ行くぞ。 折角の武雄温泉だから、温泉に入ろう。このホテルの朝ぶろは、6時から。4階の部屋から、2階に降りて風呂へ。客も少ないし、朝も早いと言うこともあって、大きな風呂場は借り切り状態。

当たり前に、露天風呂があり、サウナがあり、水風呂がありました。 露天風呂からは、裏の山々の緑が綺麗。 森のリゾートホテルと言うこともあって、山の中。

やっぱり温泉はいいね!

タクシーを呼んで、武雄温泉駅へ。僅か、20分ほどの距離だけど、列車がない。 そして、人もだれもいない。本当にだれも。。

駅のコンビニで買った朝食をプラットフォームの待合で食べて時間を潰す。

少し、乗客が現れ始めた。今日は朝から、強い雨が降ったので、特急が遅れ、博多行の乗り場が、佐世保行きの方に替わるとのアナウンス。 これすごいな。私が待っている乗り場2番が、上りも下りも使われるらしい。なんか怖いな。正面衝突せんのかいななどしょうもないことを考えなながら。 兎に角、のんびりとして、時間が経つのが本当にゆっくりとしてる。 そして、一両の列車に乗っていよいよ、有田へ。



有田到着


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有田に着いた。 この有田駅が今回のぶらり旅の中心ポイント。 隣の長崎県の波佐見へは、タクシーやレンタカーで。そして、伊万里には、松浦鉄道に乗って約30分ほど。そこから、バスにのって、大河内山へ行きます。

駅前には数台のタクシーがそして、余り人影はいない。観光案内所の場所を聞いて、そこからスタート。

スタッフの方に話を聞いて、散策マップを貰って。ゆっくり、プランを立てようと思ってたんだけど、有田の伝統ある陶芸は、内山地区に固まっていて、そのエリアは、上有田駅と有田駅の間にあり、どちらかと言えば、上有田に近いんだって。 さっき通ってきたじゃん。。と思って、又、戻るのと聞いたら、”いいえバスで行きます”だって。 そして、”あのバスですよ”と言う事で、慌てて、バス乗り場へ。そして、その女性の人もバス停まで、ついて来てくれた。

バスは既に動き出している。これを手を振って止めてくれた、大阪では考えられない、途中乗車。”△〇!?XX○○で降りて下さい”。

佐賀弁で、降りる停車場が聞き取れんかった。何とかなるやろう。そして、バスはおばあちゃんたちが3人ほど。これ無料のバスかなと思っていたら、有田の循環バスみたいで、どこまで行っても200円。もっとも、有田地区のバスですから。でも、どこに行っているのか全く分からない。”困ったな”と思いながら、取り敢えず上有田の方へ行くか。。

事前に調べて来たつもりが位置関係がさっぱり分からない。そうしているうちに、車窓から、有田陶芸美術館のサインが見えた。”ここだ”という事で、運転者さんに次の停留所で降ろして貰った。 ”ラッキー!”後で分かったことだけど、内山地区の観光スポットのど真ん中に着地。

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歩いていると、私位の男性が絵付けをやっている。 この人に聞いて見よう。 ”観光できたんだけど、自分がどこにいるかさっぱりわからないんだけど、今どこにいますか?”親切に現在地を教えてくれて、有田の陶芸は、内山地区と言って、建物も保存されていたり、山合いの谷に町があり、見るところが散在していることを教えてくれた。 なんでも、趣味で絵付けをやっているんだって。生地は購入して、絵を描いているとか。 そして、裏にある、由緒ある窯元に案内してくれた。一般には公開されていないところで、窓越しからみるだけで終わったけど、トンバイ塀に囲まれた、いかにも伝統のあるたたずまい。



主な観光スポット


佐賀の人は本当に親切。この日は、この内山地区を散策することにした。

有田陶芸美術館、有田館、深川製磁、陶山神社、香蘭社今右衛門窯、今右衛門古陶磁美術館などなど。

この間に、いろいろな有田焼の販売店に入って、兎に角沢山の作品を見ました。

見れば、見るほど目が肥えて行く。興味のあった染付、そして、色絵など。これいいなと思うと、値札を見るとやっぱり、0が一個多い。廉価なものを見るとやはり迫力がない。 良く見ると安いものはほぼ転写なんですね。

染付にしても、色絵にしても素晴らしい作品がありとあらゆるところで見れる。 そして分かったことは、有田焼はいい。そして、高価。

それとこの地域の陶芸の形態は分業制であると言う事。 生地は生地専門店、絵付けは絵付け、型は型の専門家が。そして、有田は高級品、そして、波佐見は大衆向けの商品と言う事らしいです。

写真が撮れるところはほとんど撮って来ました。そして、ビデオも、余りあり過ぎてどう処理するか検討中です。

でも、やはり本物を見るのがベストですね。 写真ではなかなか伝わりません。。



旅行のヒント トンバイ塀とは。


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この辻製磁社の門の左がトンバイ塀です。

このトンバイ塀は、登り窯を築く、耐火煉瓦(トンバイと言うそうです)の廃材や使い捨ての窯道具を赤土で塗り固めた作った塀だそうです。

この内山地区街並みのハイライトの一つだそうです。

有田焼の400年の歴史を感じるこのトンバイ塀や、保存されている商家の街並みなどをみるだけでも、十分満足出来ます。

では次回からは少し、陶芸に絞って。


ノーマン陶芸放浪記 九州窯元巡りの旅 初日

九州から帰って来ました。

大阪から福岡県の久留米へ新幹線で移動。

九州新幹線については余り良く知らなかったのですが、九州新幹線の開通で、とっても便利になってますね。

新大阪から、久留米まで”さくら”で行くと、2時間半位で移動できます。

以前は、博多で地下鉄に乗って、西鉄電車で、大善寺まで。西鉄電車でも、一時間くらいもかかっていたのが、乗り換えなしで久留米まで行けばいいのですから。

お盆のシーズンを外したこともあり、自由席でもゆったりと座れるし、お天気も、時々雨と言う感じで、前週の台風や、猛暑を回避出来た旅行でした。



自分のルーツ探し


久留米について少し空き時間があったので、駅前の食堂で軽い食事。 豚骨ラーメンとチャーハンセットを注文。正直まずかった。久々の九州で、懐かしいふるさとの味を堪能したかったのに。

駅前の食堂に入ったら、何となく臭い。エアコンの掃除が出来ていないような匂。 そして出されてきた豚骨ラーメン、少し生臭い。 ”まず。。” そして、チャーハン、チャーハンにたくわんが二切れ。 そして、そのチャーハン パサパサ。。。これまたまずい。この後、食事には散々泣かされることになるんですけど。 

この後、大川の実家の墓参り。お盆明けですから、お墓にはもう仏さん達はいないのかなと思いながらも、参って、すがすがしい気分に。 いつも、墓参りの後は何となくリフレッシュ。

久留米でピックアップしてくれた兄と、妹も加わり、父母の話や思い出などをゆっくり話が出来ました。

15歳で大坂に出て、親元を外れてますので自分でも分からないようなところが沢山あって。一度兄弟とゆっくり話をして見たいと思っていたんです。

この部分は長くなりますし、プライベートな部分ですので、省略しますが、自分のルーツが新たに発見できたところもありました。



九州のウナギ


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その後、九州の家族と食事。 私の希望もあって、ウナギを。私が帰省するたんびに、おふくろが、ウナギを注文してくれていたんですが、久々にそれを食べたかったんです。 生憎、いつもの仕出し屋さんはその日は定休日と言う事もあって、写真のようなウナギの専門店に行って食事。

小さい頃は、”ウナギ針”と言って、10cmの竹に、畦糸と針のついた道具にドジョウを付けたものを、夕方に数十本、あちこちの濠にしかけて次の日の早朝引き上げに行きます。

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そうすると、数匹のウナギがかかっていました。 特に、雨の日は、水温も適当になるのか、良くとれたと思います。 それを、おふくろが捌いてかば焼きに。

左がその日に食べた、ウナギ。 このウナギで、一人前3300円

この専門店、佐賀などの他県からも来客があり、今はシーズンと言うこともあり、予約はなし、先着順だそうです。

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左の写真はなんでしょう。 大阪のレストランなどでは余り見た事はありませんね。

これは、ウナギの骨のフライです。

期待したウナギの味は、もう一つ。 長い大坂の生活の中で、好みが変わったのかな? ウナギが少し、パサつく感じで。 ウナギのたれは少し薄い感じ。 大阪であれば、ウナギはジューシで、たれは濃厚。 先日テレビで見ていたものは、一度白焼きにして、せいろで蒸して。 それから、秘伝のたれに数回付け、焼いて仕上げるような事をやってました。 私の舌が変わったのか、ウナギも最近は台湾、中国からの輸入品が多いそうですので、ウナギの質がかわったのでしょうか?

IMG_3739.JPGこちらは、鯉こくと言う料理で、福岡の筑後川や堀には沢山の鯉がいますので、鯉の刺身を湯引きしたようなものを食べます。 酢味噌のたれで食べます。これも又、口に合わない。鯉の身は、少し硬くて、弾力があります。

窯元巡回の始まり 武雄温泉へ移動


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さてこれから、陶芸放浪の旅の始まり。

明日は朝早くから、窯元巡りをしたい。だから、食事の後に移動。

佐賀から、武雄温泉まで移動。

佐賀は長崎本線。 肥前山口から、長崎本線と佐世保本線に分かれます。

この日の泊まりは、武雄温泉。 何故、有田じゃないのと言う事なんですが、簡単。宿がない。有田には、ホテルが一軒、そして、ゲストハウスや民宿が数軒だって。 あの有名な有田なのにさぞ観光客も多いだろうと思ったら、これ間違い。 

佐賀からの移動は列車なんですが、何と、一時間に、普通が一本、そして、特急が数本の運行なんですね。その理由が、佐世保本線は、まだ、単線なんです。だから、普通は必ず、どこかの駅で、待ちの時間があります。

インターネットで検索した結果”森のリゾートホテル”と言うところが、あって左の写真が、そのホテルの部屋から、撮った前の湖の風景です。次の朝の夜明けを撮ったものですが、山にはうっすらと霧がかかり、湖のとってもいい雰囲気のホテルでした。

面白いのは、インターネットでは、あと残り一室と言う話が行ってみるとそれほど、客がいる様子もない。 そして、レストランは今は改修中で、食事のサービスはなし。韓国人観光客が大幅に減っていたり、中国人観光客は、佐世保辺りやハウステンボスに宿泊するそうです。

今回のホテルの予約は”Bookimg コム”と言う外資系の予約サイトを使ったのですが、これが、インターネットの怖さ。 ホテルは良いのですが、レストランなし(こちらは素泊まりの予定ですので、問題はありませんけど)。 そして、武雄温泉の駅からは、タクシーで片道約1000円。これであれば、往復で2000円ですから、駅前のビジネスホテルなどに泊まったが良かったかも。 行ってって見て初めて分かる。あと残り一室と表示される、他の宿泊施設は、値段が高かったり。 でも、実際は宿泊施設も沢山あるかも。 でも、”トリバゴ”では、今回の訪問地の宿泊施設はリストされてませんでした。

これで初日は終わり。明日から、陶芸の自分探しが始まります。

陶芸 マグカップ製作 プロの職人の技に学ぶ ”弘法筆を選ばず” 陶芸のプロは筆を選ぶ

この夏休みの間にもう一度基礎をやり直そうと、マグカップを作る事にした。

窯元から、白粘土10kgを購入して持ち帰って。

基礎って何をしようと言うのか?

陶芸の基本と言うのは、”湯呑に始まって湯呑で終わる”と言われますよね。今目指している陶芸は結局これではないかと思います。

陶芸スクールに入ってまずやった事はこの湯呑作り。まず、図面を書いて、粘土の縮の率を計算して(覚えておこう。私たちが使う信楽の粘土は、横 17%、縦方向 15%で計算します。)、作陶の図面を作る。 これが、第一の目的。第二の目的は、これが作品のイメージ図になります。この図面を見ながら、轆轤挽きをします。

プロの轆轤師であっても、この図面を見て挽きます。同じ作品を沢山作るんですが、この図面がないと、少し油断をすると違ったものを作ってしまう。

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当然、この図面を元にトンボ、だんご、へらの道具を作りますが、これがあれば、同じものが作れるかと言えば、答えは”NO"なんですね。トンボで内側の高さと直径は決まり、だんご、へらで形を作っていくんですけど、この図面がないと思った形状のものが作れません。



マグカップの製作


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そんな事を言いながら、マグカップを作って見ました。 

なぜマグカップ? マグカップは、湯呑に取っ手を付けたようなものですから、同じではないか?~~これが私の心の弱さなんですね。 湯呑と決めたら湯呑を作ればいいのに。実はこの前にもマグカップを作ったんですが、少し小さすぎたので、大き目のものの道具を作っておいたんです。


上の写真のようなものを作って見ました。

今回作ったのは三個、昨日の三個を合わせて六個。

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少し不細工な出来上がりに見えますね。その通りなんですが、心配は要りません。内側の大きさや形が同じであれば、後は削りで同じ作品に仕上がります。

この三つの作品は、750~900グラム。この重さの違いは主には、高台部分の厚みです。轆轤で挽くときは、高台の下にもう一つ段を付けます。それは、切り離す時に指が入り、持ち上げられるスペースがいるからです。そうしないと切り離す時に作品が歪んで楕円になります。

半乾燥した後、削りの作業を湿台を使ってやります。この三つの作品全てが、最終的には300グラム以下になってます。

これだけの大きさのの作品で300グラム以下にしようとすると、作品の厚みは3mm程度にする必要があります。そうなると湿台で削らないと、均一な薄い削りは出来ません。

私の場合は、時々このように量りを使って削ります。 このような作品の場合、350グラム程度に削ることはそんなに難しくはありませんが、300グラムを切ろうとすると、全ての贅肉をそぎ落す必要があります。まずは、余分な高台部分を削り落として、約400グラム。 そこからが大変で、重さを量って削ると、全く誤魔化しが効きません。

300グラム以下となると、当初の三分の一ですから、半端ではないですね。でも、この削りが出来ないと、使い勝手のいい作品にはなりません。



覚えておきたい削りの技術 プロの職人の技


陶芸スクールで学んだ事は削り。 ここがプロと陶芸教室では大きく違う。

”弘法筆を選ばず”と言う言葉があるけど、陶芸に関しては”筆は選ぶべき”と言うのが正解。

正しい道具と技術があって成り立つ。

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まずは道具。 絶対に必要な湿台。湿台は、作品に合ったものを使います。

合うものがなければ、残土などで作ります。いい質の土は使う必要はありません。

少なくとも、白と赤の物はほしい。 磁器は白にガーゼなどを使えば大丈夫。でも、本当は、磁器を作るのであれば、磁器土の湿台がほしい。

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次はカンナ。教室では、輪カンナ(掻きベラ)を使う事が多いけど、これダメ。ミリ単位の削りは出来ません。鉄製のカンナを形状の違うもの数種ほしい。大きくは2種類。 胴回りを削るもの。そして、高台内を削るカンナ。 そして、磁器土を使う人は、超硬カンナが必要になります。

後は、ガーゼ、輪ゴムなど。 ガーゼは、湿台が轆轤にくっ付いて取れないのを防ぎます。

これだけあれば、後は削りのタイミングと技術。技術は又、別途書くことにします。

鉄カンナは自分で作ります。最近は余り使わなくなってますが、昔、材木は、薄い鉄の板で縛ってありました。これを帯び鉄と言います。これを、鉄切りのハサミで切り、後は金ヤスリで、刃を付けるだけ。

これも、結構難しいので、面倒であれば購入します。 この鉄カンナの大事なポイントは、削りの作業の前に必ず、金ヤスリで砥ます。 床屋さんが髭剃りを研ぐように。これだけあれば、後は技術を磨くだけ。数ミリ厚の作品が作れます。

IMG_3720.JPG余談ですが、こちらが削り完了の作品。 これから、取っ手を付けますが、移動で破損する可能性がありますので、京都に運んでから、取っ手を付けます。

このような時乾燥させたくありませんので、軽く霧吹きで水分を与えてやり、このような発砲スチロールで保管すれば、乾燥する事はありません。

マグカップとしては、軽すぎるかも知れません。 最近は、軽く作る癖が付き、必要以上に軽量になる傾向があります。職人さんが作る、あのフワ~としたものを作りたい。 でも行き過ぎはダメでしょう。

ではでは。

超尺皿の大物絵付け、九州佐賀、長崎窯元巡り計画

今日は朝から、早朝ゴルフの練習。 同級生三人で、朝7時頃まで練習をして、そして、それから、ハーフのラウンド練習。やっぱり、暑いハーフでアクエリアス2本を飲み干してしまった。この暑さいつまで続くんでしょうね? ハーフが終わると少しふらふら。

陶芸スクールも休みで、久々にお墓詣りに行こうかと思ってます。 実家は福岡県の大川市で佐賀県は、筑後川を挟んで隣。陶芸スクールの知人のお勧めもあって、陶芸放浪の九州バージョンをやろうかと思ってます。

九州には、多くの窯元がありますので、その中でも有名な、有田、波佐見、大川内山に行ってみようと今計画を練ってます。

有田や波佐見は説明をする必要もないと思いますが、大川内山は有名な伊万里焼きが見られます。大川内山は、鍋島藩の窯元が集められた地域で、技術の流出を防ぐためにこの地に伊万里焼の窯元が集められたとの事です。

有田や波佐見は、やはり染付。 そして柿右衛門の作品。 日本の磁器の発祥地ですから、私が今もっとも興味を持っている、染付の作品が多く見られます。 お盆や夏休みの時期ですから、窯元はどこまで見れるか分かりませんが、丹波や京都にない作品が見れることを期待してます。



超大物作品の製作


先日から、紹介している大鉢に加えて、更にどでかい作品の製作をやっています。

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一つは、左の直径35cm位の大皿。素地は、半磁器ですが、ほとんど磁器と言ってもいい作品です。

右の方の小さく写っているのが大物のどんぶりで、これと比較して貰ったら、その大きさのイメージが良く分かるでしょう。

窯元でも、これ位の尺を商品の注文はないそうです。このサイズになれば、大きな展示会に出展しても決して引けは取らないでしょう。後は、私の染付の技術がこの大きさにマッチできるかにかかっているでしょう。

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左のお皿は覚えて頂いているでしょうか? 折角出来上がった作品でしたが、家の駐車場で落としてしまって真っ二つにわれてしまったものですが、絵付けが上手く行かなかった部分もあり思い切って作り替える事にしました。それも、大きさを、自分の持っている最大のものに。使った土は8kgです。もちろん削りが終えたら、そんな重さにはなりませんけど。この半磁器は扱い難く。一枚は、中央にSクラックが入ってしまいました。 それを何とか克服して作った作品がこれ。

正直今は迷ってます。今回の陶芸巡りで、なにかこの大物の作品の絵付けのヒントがあればいいなと考えてます。

それから、もう一つの目玉も大皿で。作陶が終わった段階で、直径45cm程の少し深めの大皿です。 この作品は100%磁器土。 皿の内側には、中央から放射線状にしのぎの削りを入れてます。しのぎは、手彫りで、20分割程の放射線の間を、カンナで一つづつ削りを加えて、鎬を作ってます。この作品は今本焼きの最中で、この鎬以外の装飾はありません。石灰透明釉を掛け、無垢の状態で仕上がるのを期待している作品です。でも、不安ですね。 一粒でも、鉄が入ればそれが黒になります。 純白に仕上がるでしょうか?



楽しみにしておいてください。

陶芸 久々の中鉢製作 イッチン描きと着色の技法 白化粧土での下地のだみによる下絵具の発色を補色する技法

暑い日が続いてます。

陶芸スクールの方は夏休みと言う事で長い休みに入ってます。

暑い日の陶芸はどうするのと言う事なんですけど、我が家の工房はベランダ。 暑い日は短時間でも、熱中症になりそう。

こんな日には陶芸なんかしないで、ゴルフやカラオケ、ギターなどを楽しんだらいいんでしょうけど、陶芸をやらないと何か落ち着かない。 陶芸がすっかり生活のリズムとなってるんですね。

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左の写真の鉢です。 大きさはは直径8寸程度。 約250㎜です。

最近はマグカップなども作っているんですが、かかる手間は結局は同じなんです。大きさがで軽くなるだけ、作業は同じなんですね。少しだけ、時間がかかるだけ。



中鉢の道具作り


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この中鉢の製作の為に、三種の神器を作って見ました。 トンボ、へら、だんご

こんな作品の用途は置物でしょうから、やっぱり見て形のいいものにしたい。 俗な言い方をすれば、かっこいいものにしたい。

小さな高台から、腰胴、そして縁の方へ流れるような曲線が欲しい。

その為には、成型用の三種の神器が必要です。もしも、一個だけを作るのであれば、市販の木小手があれば、そお必要性はないかも知れませんけど、慣れれば、数時間程で道具は出来ますので、道具を作ることをお勧めします。

使ってみると、やっぱり、作り難いところがある。そして、道具を修正して自分の思うものを作って行く。

最終的には、磁器で作ります。 今回のものは信楽の白粘土を使ってます。 これであれば、作って潰して作り直すことも簡単なので、高く、しかも、再生が難しい磁器土を使う必要がありません。

少し、高台内のへらの当たりが悪くて修正が必要です。



中鉢の装飾 イッチン描き

久々にイッチン描きをやって見ました。 絵柄は桜の花。

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削りの作業が完了して、暫く放置しては少し乾燥させます。

これだけ暑いと、乾燥のスピードは速すぎて、高台のSクラックがでそうで心配です。 特にヘラとだんごの当たりが悪く、その可能性は大きくなります。

作品を均一に乾燥させるためには、発泡スチロールの箱にいれるか、ナイロン袋などに入れて保存するとゆっくりと乾燥が出来ます。通常であれば、新聞紙一枚掛けておくだけで、作品からの水分の揮発が相当変わります。作品の乾燥をコントロールするのも陶芸では大事な要素です。

話をイッチン描きに戻して、写真のようにイッチンで骨書きとしべを描きました。桜の花は、鉛筆で二重の丸を描き、そこに花びらを描きます。少し縦長のハート見たいなものを5枚。そしてしべを。

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骨書きが終わると、化粧土を少し薄めたものを筆でだみして行きます。 その理由は、素焼きが終わったら、下絵具で着色をするからです。

信楽の白と言ってもどうしても、その白さにに限界があります。磁器と比べるとその白さの透明感が全く違いますので、下地に化粧土を塗っておくことで、下絵絵具の発色が全く変わって来ます。仕上げは、ピンク、黄色、緑の三種類の下絵具を使う予定です。

この技法は、窯元では、良く使う技法で、着色部のみ白化粧土を塗り、絵付けをします。これは、赤粘土などにも応用できる技法です。 是非、試してください。


猛暑の折、ご健康に留意してください。