回顧録 (ザイール、コンゴ民主共和国)

 飛行機で、日本を立ってから、23時間もかかりました。 スイスのチューリッヒを経由して、サウジアラビアのジェッダへ降りて、そして、キンシャサへ。 キンシャサはザイールの首都です。 人口約900万人を抱えるアフリカ有数の大都市です。今はコンゴ民主共和国と言います。
 飛行場に到着すると、飛行場以外は真っ暗で何も見えません。そこに、4人の現地人の人が迎えに来てくれていました。ところが、皆英語が話せないのです。ザイールはもとは、ベルーギー領ですので、公用語はフランス語なんです。 こちらは、関西弁と英語しか話せませんので、全くコミュニケーションがとれずに、取り敢えず、相手が私を迎えに来てくれるのだけは確認し、迎えのバンに載りました。
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アフリカで、カイロ、ラゴス(ナイジェリアの首都)に次いで第3位の都市だそうです。コンゴ川を挟んで、対岸には、コンゴ共和国の首都があります。 世界中で、違う国の首都が川を挟んであるのは、珍しいそうです。 コンゴ共和国とコンゴ民主共和国。 ややこしいですが、昔、コンゴ戦争などもやってましたよね。


 真っ黒で何も見えないまま、ただ車に揺られて、時間的には、1時間弱だったと思いますが、始めての土地で、初めての人たちとの出会いで、真っ黒な中で、時々、この4人の人たちの目だけが時々光るんです。 みなさん現地人で黒人の人でした。どこか、アフリカの草原でも連れていかれて、金品を巻き上げられ、最悪は殺されるかもなどと。。。。実に恐ろしい思いになりました。 話は変わりますが、同じ黒人の人でも、国、環境などでその目は全く違います。 以前は、カリブ海に浮かぶ、バハマへ行きました。 バハマはアメリカ人等のVacationランドなんですが、そこの人たち目はきらきらと輝いてます。バハマの人が黒人かどうかは疑問の残るところですが。。。エチオピアもそうでした。貧乏な国ですが、皆の目は輝いてました。 でも、ニューヨークのマンハッタンや、一部の貧困街に住む人たちの目は、何となく、疲弊をした、輝きのない目です。皆がドラッグの常習者で、強盗、スリの様に見えます。 これは間違いない私の偏見です。 でも、残念ながら、目はその人の生命を表すんです。 すさみきった目をしている人は、まず、心がすさんでいると思って間違いありません。黒人の方々も同じ人間で素晴らしい人も沢山いますし、白人でも沢山の悪い人がいます。でも、差別社会のアメリカでは、やはり彼らはマイノリティーで、恵まれない環境にいる人が多いのです。
 話をもとに戻して、余り黒人の方に接した事のない日本人にとっては、黒人の男性4人と一緒にいる事自体が大きな精神上のストレスと不安定をもたらすのです。本当に彼らの目は、暗闇では、白く光って見えるのです。
一時間弱でも、心情的には数時間車に乗っている感じなんです。でも、最後にはなるようにしかならんとあきらめたところ、ライトに照らされた市街地につき、そして、ホテルに到着しました。 黒人の方に本当に失礼な話ですが本当にそう思ったんです。 
 
画像キンシャサの一流ホテルのインターコンチネンタルホテルです。 このホテルは、中近東やアフリカの多いホテルです。 まさか、アフリカの奥地のこの国にこんなホテルがあるとは想像もしてませんでした。 又、キンシャサは大都会で高いビルもあり、全く想像外でした。

 後進国では良くある話ですが、超一流のホテルがまるで別世界のようにその中にあるんです。 エチオピアのシェラトンホテルなどは、塀に囲まれたホテルは、お城の様で天国です。外は銃をもったガードが守衛をし、、エチオピアなんです。 当然宿泊料金も天国並みですが(確か、一泊六万円位でした。。。。。)

 部屋で休んでいると、ドアをノックする音がするんです。 こっちは20数時間掛けての到着でくたくたなんです。
無視をしていると、ノックの音がだんだんと大きくなり、それでも無視をしているともっと音が大きくなるんです。 今更、出るわけもいきませんので、ず~と無視をしていると相手は諦めたのか帰って行きました。 ほっとしてシャワーを浴びていると又又、どんどんです。今度はこちらが諦めてドアを開けると、体格の良い軍人さんが立っていました。 こちらが、フレンチをしゃべれないと分かると、英語で、何回もドアをノックしてけど部屋にいなかったんかと聞くんです。 いや、居たよと言うと。。。だいぶ不審な顔をしてましたが。。。食事に行こうと言うことでした。 どうやら、はるばると来た日本人を接待に来られたようです。 これ以上断るわけにもいきませんので、一緒に行くことにしました。 話はここまでなんですが、ダウンタウンの赤、青、等の電球のついたマーケットみたいな屋外レストランに連れて行って頂いて、確か、ステーキとビールをご馳走になった様に思います。 
 帰りに、女でも酒でも、、ギャンブルでもなんでもあるよとのお誘いを受けましたが、丁重にお断りをしホテルに帰りました。でも、何故軍人さんが来てくれたのか、未だに分かりません。 こんな国ですので、仕事の関係で接待に来てくれたんだと勝手に思ってました。 細かいようで、結構アバウトなんです。
次の日、朝起きて窓から見ると、周りが、青々とした木々に囲まれ、ジャングルの中でした。 アフリカと言うと
ケニアなどの草原見たいのものを思い浮かべます。山崎豊子の「沈まぬ太陽」の出てくるアフリカです。 この小説の中では、主役はケニアへ左遷されるのですが、ケニアと言うとアフリカでは良いところなんです。 アイボリーコースと、ナイジェリアなどは、色々な病気があり、小さな乳幼児でもマラリアの薬を毎日飲まなければなりません。 その他黄熱病など大変です。ナイジェリアは道端に死体が転がっていても不思議ではないようなところなんだそうです。
と言ってもアイボリーコースト(現、コートジボアール)とナイジェリアでは、これ又、天と地獄程の差があります。 
 話をザイールに戻して、それはそうですよね。ザイールは赤道直下の国なんです。熱帯雨林の国なんです。 
と言う様な訳で、せっかくザイールまで行くのに、事前の情報収集を全くして行かなかったのにその時気づきました。その当時はInternetの環境も悪く、この国に関する情報が余りなかったのですが、 お恥ずかしい。
 それにしても、この国の通貨が未だに分からないのです。 単位は、ザイールだったと思うのですが、アメリカドルから、現地の通貨に替えたんですが、日本の百万円の束みたいなのが、3つ程貰いました。 これだと、チップを幾らあげたらよいのかも分かりません。 ドルから換算し、それなりのチップをボーイさんにあげた様に思うのですが、多分、チップが少なかったんでしょう 渡された札を見て変な顔をされました。Netで調べると、通貨単位が1993年に変更があり、1新ザイールが3000000旧ザイールになったとか。 デノミですよね。 今は、コンゴフラン(FC)が通貨で、1米ドル=920FCだそうです。 これでも、何がなんか分かりません。1円=9コンゴフラン位ですか。その前は、計算もしたくありません。 現地の通貨は訪問前に最低でも調べて行くはずですがこの時はどうしたんでしょうか?
  後から、聞いた話ですが、こんなアフリカの西海岸にも、日本人の駐在員が結構いる様です。 今や中国がアフリカの資源をあさってますが、こんなところまで、当時(今も?)は商社や鉱山関係者が来て頑張っておられたそうです。団塊の世代の日本人侍は、世界中どこでも活躍していたんです。 私もその一人であったかも知れません。イランーイラク戦争の時もイラクへ行きました。 戦争の真っ最中ですよ。 ヨルダンの首都のアンマンから、IRAQ Airの旅客機に載って行くんですが、護衛戦闘機が2機左右を守ります。飛行場では、軍人さんがマシンガンを持ってます。 こんなものを見たこともなく、本当に不気味です。 でも、当時の私の先輩も同僚もこの様な事は当たり前でした。
 ザイールでの後の思い出は、カジノへ行って、ブラックジャックで遊び、とんとんで帰って来たことです。。 そこは、現地通貨は使えずアメリカンエキスプレスのトラベラーチェックでチップを貰った様に思います。
 せっかく、アフリカの奥地までいったのにギャンブルの思いでしかないのは、勿体ない話ですが、何となく、観光をしようと言う雰囲気がない町でした。 一人で、ぶらぶらする様な雰囲気ではありませんでした。
 最後にズ~~と気になっている事があります。帰途、飛行場まで、現地人の方が送ってくれて、その時の別れの際に、「日本に行きたいのだが、何とかしてくれないか」と言うんです。 憂いを含んだ真剣な目で。。。その人は、現地のえらいさんでも何でもなく、送ってくれたメンバーの一人で、運転手かお手伝いだと思うのですが。。。その時、私は何も答えられませんでした。 話を聞くと日本に留学をして勉強をしたいのだと言うことでした。 年齢は30前後と思いますが。。。。こんな遠くのアフリカの貧乏国から、日本へ留学すると言うイメージが全く湧いてこないんです。時間的な事もあり、その後は全く話が出来ず、このままになってしまいました。 時々、これが気になります。 もし、この時、せめて、名前と住所を聞いていて連絡を取ってあげていれば、どんな結果になったのか。。せっかく勇気を奮い、遠くから来た日本人に話をしたのに。。何にもならなかったと思っているでしょう。 彼が良い人生を送っている事を祈るのみです。 でも、もしもこんな機会があれば、今度は違った対応をしたいと思います。少なくとも、話はしっかり聞いてあげたいと思います。 私の人生でも、勇気を奮って思い切って手を挙げた事が今の自分を作っている事が分かっているからです。 
 いつもながら、空港で出国手続きが終わり、Gateで出発便を待つようになると、何となくほっとした気分になるんです。 帰国に長時間の過酷なフライトが待っていても、 ほっと、ああ~日本へ帰れると言う気分になるのは私だけでしょうか?
 それにしてもアフリカは遠い。 この後、旅はアイボリーコースト、ナイジェリアへ続きます。
 

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